家づくり42年で見えてきたもの

一週間ほど前は武雄市のSさん宅の棟上げでした。

 

前日から天気が悪かったんですが、無事終わることが出来ました。

 

Sさん

 

結構長い道のりでしたが、完成まで一緒に楽しみましょう。

 

 

 

ところで、人の人生というのも長い道のりです。

 

私自身の20歳から現在までの道のりを振り返って

 

みます(笑)

 

 

 

5年の弟子(見習い)の期間を終わり1人前の職人として、

 

地域の工務店や建築会社で大工職人として腕を磨く。

 

 

職人を10年ほどやり30歳で建築会社の下請け(手間受け)を始める。

 

 

あくまで下請なので収入はあまり良くなかったのだが、

 

職人とは違い一工務店の代表者として、責任があり

 

初めは遣り甲斐はあった。

 

結婚したのもこのころで、収入の面で妻にも苦労を掛けた。

 

 

しかし、10年近く建築会社から来た仕事を

 

こなすばかりの毎日で何か物足りず、いつかは自分で

 

仕事をとり元請になりたいと思っていた。

 

 

42歳の頃、元請会社の現場監督から「工期が間に合わない」

 

「早く終わらせたい」などと

 

注文を付けられ「そのようなバタバタ仕事はしない」

 

などと言い争いになりそのような仕事が嫌になり下請を止める。

 

 

下請を止めてから「どうするか」と考えて

 

父母が経営していた施設園芸(イチゴ栽培)を

 

本格的にやり始める。

 

 

しかし初めてやる仕事で、

 

なかなか上手く収量が増えず苦しい生活が続いた。

 

3年ほどやったが、農業では生活ができないと思い

 

また建築の道に戻る。

 

 

農業はそんなに甘くはなかったと実感した。

 

 

再び建築の道に戻り、今度は後戻りできないと考え、まず、

 

建築会社を設立した。

 

 

47歳になっていた。どうせやるなら他の工務店や

 

建築会社とは違うやり方で家づくりをやろうと思った。

 

最初は、安くていい家なら依頼があるだろうと思い

 

とにかく安くすることだけを考えていた。

 

最初にホームページを作ったのもこの時期だと思う。

 

 

2~3年の試行錯誤を繰り返しながら少しずつ

 

受注も増えてきたのだが、まだまだ何か足らない、

 

そんな思いがいつも頭にあり悶々と考える日々が続いた。

 

 

自分が本当にやりたい家づくりは一体どんな家づくりなのか。

 

その答えを毎日探していた。

 

 

50歳になりやっとその答えを見つけた。

 

自分がやりたい家づくり。

 

 

それは、建て主さんと私達業者が、

 

同じ想いを持ち同じ目的に向かって、

 

楽しみながら大らかに家をつくるということだった。

 

 

これは簡単そうで簡単ではない。

 

 

なぜならお互い大金が絡んでいるので

 

損得をまず考えてしまう。

 

 

それは、建築会社である以上損得抜きには

 

会社経営できないのも仕方がない。

 

 

お金のことは大事だが、建て主さんとお金のことで、

 

ゴチャゴチャ揉めたくないというのが本音だろう。

 

もうこの歳になると、お金、利益より大らかに

 

家づくりに打ち込みたいと思った。

 

 

しかし、そんな理想とする家づくりが工事を請け負う

 

建築会社では本当のサポートが

 

できないと思い、工事を請け負う元請工事を止め、

 

 

家を建てる人の役に立つサポート業務に徹する。

 

 

現在は、家づくりを純粋にサポートするための

 

活動の他、100年経っても古さを感じさせない

 

デザインの新ブランドがいい家の基準と

 

考え広報活動にも力を入れている。

 

 

 

 

プロフィール紹介みたいに書いてみましたが、

 

私の今までの人生はほとんど家づくりでした。

 

いままで42年家づくりに関わってきたのですが、今後は

 

大らかに家づくりに関わりたいと思います。

 

 

多分、経営者としては失格だと思いますが

 

建て主さんの利益のために自分流でお手伝いしたいと思います。

 

建築サポート(支える)の意味が最近分かってきました(笑)

 

 

建て主と業者には上下関係は存在しない。

 

あるのは信頼関係だけです。

 

フィフティフィフティの関係こそいい家を建てるために

 

必要なものです。

 

 

 

  • お問い合わせ 住宅相談会のお申込み
  • ページ上部へ